痛みの色 ナミダ色
怒濤のような4日間が終わりました。
一番、印象的だったのは、チャプレンが「今日は普通のお葬式より讃美歌を歌う声がかなり力強かった」とおっしゃっていたこと。確かにクリスチャン率は相当高かったものと思われます。母の友人たちは当然、讃美歌を歌いつつ学生時代を過ごした人ばかりですし。我が家は親戚もほぼ全体がクリスチャンですから。普通にあそこの病院で亡くなっただけの方のお葬式とは違ったことでしょう。
ずっと会っていなかった同級生がお母様と一緒に来てくださったり。母とお母様がとても親しくして頂いていた兄の同級生(女性)に本当に久しぶりに会えたり。母のお友達が皆さん泣いてくださっていたり。苦労して選んだ母の写真を皆さんにほめて頂けたり(「母らしい」と言って頂けました)。去年まで所属していた教会の牧師ご夫妻がいらしてくださったり。勿論、その教会の教会員の方々もいらしてくださったり。そして、何より今までずっといろいろな面で支えてくれたY子その1&その2が今日もめいっぱい助けてくれたり。
うれしいことも沢山ありました。
ただ、讃美歌の「またおう(会う)日まで」というフレーズは泣いてしまって歌えませんでした。だって、もう、会えないのですよ。それなのに、歌えないですよね。
しっかし、義○がやたらとしゃしゃり出たり慎みが無かったりしたこと。父の挨拶が自分のことばかりで母のことも皆さんへの感謝もちゃんと伝えられなかったこと。兄とその2人が、皆さんがもうチャペルにいらしている時間に、のうのうと食事をしていたこと。
頭に来ることも沢山ありました。
でも、式の開始直前に颯爽と親族席のところに現れ、「すみませんが、本会議が入ってしまったのでご挨拶だけ」と言って、瞬間的に去っていったボスに感謝。なかなか、大変なことですよ。ボスは決してマメな人では無いし、義理で動くことの苦手な人ですから、その一瞬のためにわざわざいらしてくださったことは、とてもとてもうれしいことです。まあ、それを父のためでは無く、私のためだと思うのは自分勝手な考えですが。
それにしても、今回は皆さんにご連絡をするのが遅れてしまったりという面もありましたが、思いもかけないところから話が伝わっていて、私がお電話したときには既に御存知、という方が何人もいらっしゃいました。例えば、母の従姉妹からその友人に伝わり、その友人が前の教会の教会員であるため、同じく教会員の母の先輩で母校の先生に伝わり、そこから他の教会員や母の同級生に伝わり・・・という感じです。
あとは、何故御存知?と思う方からお花や電報が届いたり。火葬場から自宅に帰ってなんやかやとしていたら、父方のはとこ(この人も衆議院議員)から立派なアレンジメントが届いて、「どうしてわかったのか?」と3人で首をひねりました。
とにもかくにも、皆さんに愛され、皆さんを愛し、その交わりを何よりの喜びとしていた母は、大切な方々に見送られ、無事に天国へと旅立ちました。まあ、今日送ったのはその身体だけで、魂は既に天国に着いていることと思いますが。
残された私には、沢山の事務仕事が残されました。しばらくは勉強を取り戻すことと、この事務を処理すること、そして皆さんに改めて御礼をすることで忙殺されそうです。
でもね、「悲しむ暇がない」ということはやはり無いのですよね。どんなに時間が無くても悲しいし、何をしていて忙しいときでも涙は出るし。涙が枯れるということもやはり無いようです。
あ!うさこが私の傘を壊しました。うさこーーーっ!!かわいいからうさこは許すけれど、「○○に傘を渡すともう大変なの~」と言いながら私の傘を渡した義姉は一体何を考えているのか、とその非常識さにこの数日間怒りまくりです。
まあ、しょせん他人ですから。母のことだって、ほんの3年や4年で一体何を知っているつもりなのでしょうか。どうして生まれる前から私のことを知っていらっしゃるような方たちの前で私と張り合おうとするのか、理解に苦しみます。こちらは、ぜーーーーーんぜん、張り合うつもりが無いどころか、同じ土俵にのっているつもりはないのに。そういってはなんですけど、やはり生まれ、育ち、環境の違いというのは、どうしたって越えられない壁です。それを自覚していない人ほど始末に終えないものはありません。いや、どちらがいいとか悪いとかでは無く、とにかく「違う」ということです。あんな気取って張り切ってしゃしゃり出て無駄な張り合いをして、よく疲れないものだな、とそのエネルギーには感服しますよ。
まあ、その人と一緒になって母の大事な儀式に水をさしてくれたのが、自分の父親と兄だということが、何より私にとっての不幸ですけどね。
ママ、ごめんね。
(タイトル:V6『Rainbow』より)


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